大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)4269号 判決 1978年6月29日
原告
田辺文雄
外一名
右両名訴訟代理人
赤沢敬之
外一名
被告
吹田市
右代表者市長
榎原一夫
右訴訟代理人
西元信夫
被告
吹田市大字山田小川区
右代表者吹田市長
榎原一夫
右訴訟代理人
瀬戸俊太郎
主文
被告らは各自、
原告田辺文雄に対し金四、二三五、五〇〇円及び内金三、八八五、五〇〇円に対する昭和四七年七月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を、
原告今井よし子に対し金四、〇一一、五〇〇円及び内金三、六五一、五〇〇円に対する昭和四七年七月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分しその六を原告らの負担としその余は被告らの負担とする。
この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一、亡進治(昭和四一年一二月八日生)が昭和四七年七月二二日、吹田市小川二九二番地所在の前垂池に転落し、溺死したことは当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、亡進治の遺体は、同日午後九時二〇分頃、前垂池の南西側の岸壁から約1.5メートル離れた地点に浮かんでいたところを発見されたものであること、遺体には、額面右上眼瞼部、左手示指先及び環指先、右手栂指先に擦過傷があつたことが認められる。そして同日前垂池の水が流動していた等水中の遺体が移転するような事情があつたことが認められないから、右認定の事実と前垂池及びその周辺の後記状況から見て、転落死の様子自体は明らかでないとはいえ、亡進治は、前垂池の南西側に接する本件市道から前垂池に転落したものと推認される。
二1 前垂池が農業用灌漑用水、消防用水の確保等公共の目的に供されている公の営造物であることは当事者間に争いがない。そして被告財産区が前垂池を管理していることは原告らと被告財産区との間で争いがなく、又本件市道を被告市が管理していることは原告らと被告市との間で争いがない。
2(1) 前垂池は、広さ約二、三〇〇平方メートル、深さ約1.5メートルのほぼ三角形の溜池であり、その東側及び南西側に前垂池に接して幅員約三メートルのアスフアルト舗装のされた吹田市道が存在すること、前垂池の南西側の岸壁は、垂直ないしは池面に向いやゝ傾斜している程度で、本件市道面は水面より一メートル以上高かつたこと、本件市道の前垂池に接する部分の路肩にはコンクリート造の車止が設けられていたことはいずれも当事者間に争いがない。<証拠>によれば、本件事故当時、前垂池の北東部は一部埋立てられ、その水際には約1.5メートルの高さまで鉄条網が張つてあつたこと、東側の市道と接する部分は土手となり市道から池面へ向つてゆるやかに傾斜していたこと、北側は道路に接し岸壁は石積でほぼ垂直になつていたこと、本件市道に接する南西側の岸壁は、下部がコンクリート積で上部かコンクリート造となり、右コンクリート造部分の上部が前記車止を兼ねていたこと、本件市道は、東南部分では北西へ向つてゆるやかな登り坂となつているため、車止の本件市道面からの高さは、東南部では約四〇センチメートルのところもあるが、中央部かな北西部へかけては約二五センチメートルであり、又その上端部の幅は二〇センチメートルであること、前記東北部に鉄条網が張られていた外は、前垂池の北部、南西部、東部には鉄条網、防護柵等転落防止のための設備は設けられていなかつたことが認められる。
(2) 前垂池周辺には人家が立ち並び、又その南西約一〇〇メートルには吹田市立山田第一小学校、山田第一幼稚園があり、本件市道は、児童、園児の通学、通園路として利用されていたことは当事者間に争いがない。
(3) <証拠>によれば、昭和四六年一二月頃から昭和四七年三月頃にかけ、いずれも救助された児童や幼児が前垂池に転落するという事故が三件発生し、吹田警察署から被告らに対し安全対策を講ずるよう申し入れがなされていたこと、そして被告財産区は右申し入れがあつたことから、被告市に対し防護柵等の設置を要請していたことが認められる。
(4) <証拠>によれば、本件事故当時前垂池の周辺には、被告財産区や小学校P、T、A等によつて「危険な舟遊びは止めよう」とか「あぶない近よるな」等と記載された立札が立てられ、又被告財産区が地元自治会を通じ回覧板等により前垂池での水難事故の防止を呼びかけていたことが認められる。
(5) 以上の事実によれば、本件市道と前垂池とは接しており、その境に幅二〇センチメートル、高さはその大半が約二五センチメートルの車止があつたのみであるから本件市道から前垂池への転落の危険性は高く、本件事故前の半年余りの間に転落場所は明らかでないとしても三件の転落事故が発生しており、前記前垂池の水深、南西側岸壁の状況に照らせば、幼児、児童や老人が本件市道から前垂池に転落した場合は、生命、身体に対する危険は極めて高いものといわねばならず、前垂池の管理者たる被告財産区及び本件市道の管理者たる被告市としては、前垂池と本件市道との問に防護柵等を設けるなど適切な安全措置をとるべきであつたといわねばならない。しかるに前記のとおり立札が立てられ事故防止の呼びかけがなされていたのみで、転落防止の設備が設けられていなかつたのであるから、本件市道及び前垂池の管理には瑕疵があつたものといわなければならない。
そして右管理の瑕疵の存することは、車止部分が、前垂池に含まれ被告財産区が管理すべき部分であつたか或いは本件市道に含まれ被告市が管理すべき部分であつたかにより左右されるものではない。即ち被告らのいずれかが管理すべきであつたとしても、被告らの協議により車止上に防護柵等を設置することは可能であつたであろうし、そうでなくとも被告市としては車止部分を除いた本件市道上に又被告財産区としては車止部分を除いた前垂池内に防護柵を設置することも可能であつた考えられるからである。
又被告財産区は、前垂池は近隣住民が洗い物をしたり家庭用の使い水として利用し、又幼児の頃から魚釣、永遊び等で慣れ親しんできた特殊な池であり、その周辺を防護柵等で囲繞することは自然を奪うこととなる旨主張する。しかし証人小山虎一の証言によれば、以前は近隣の住民が前垂池で洗濯等をしていたが、本件事故当時には洗濯や家庭用には利用されていなかつたことが認められる。又幼児や児童のみによる水遊びや魚釣は危険性が高く禁止することもやむを得ないと考えられ、防護柵等の構造や設置方法、池の管理方法等を工夫し設備を整える等することにより、附近住民が魚釣を楽しむことは可能であるし、防護柵等の構造、設置の方法、池の管理方法等を考慮すれば、防護柵を設置したために自然が奪われる結果になるとは考えられない。
又被告市は、本件市道を通常の利用者が通常の利用をする限り前垂池に転落する危険性はなかつた旨主張するが、前記車止の構造に照らし、子供らが車止上に登ることは容易に予測されるところであり、又通行人が前垂池に沿つて通行することも当然予測されるところであり、これらの場合本件市道から前垂池へ転落する危険性は高く被告市本件市道に瑕疵はない旨の主張は失当である。
3 以上により本件事故は、本件市道及び前垂池の管理の瑕疵に起因するものと認められ、したがつて被告市は本件市道の管理者として、被告財産区は前垂池の管理者として、国家賠償法二条に基き、本件事故による損害を賠償すべき義務がある。
三原告らが亡進治の父母であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件事故当時、原告ら一家は、前垂池の南方約一五〇メートル附近で居住していたこと、亡進治は、本件事故が発生した年である昭和四七年の四月から前記山田第一幼稚園へ通園するようになつたが、その頃から幼稚園での友達ができたり等したことから相当遅くまで、時には前記原告ら宅から約一、五〇〇メートル離れた附近まで遊びに行くようになり、そのことは原告らも認識していたこと、本件事故当日は、原告文雄は、自ら営んでいた建築業の仕事のため建築現場へ赴き留守であつたこと、原告よし子は、幼稚園から帰えつて亡進治と昼食をとり、午後二時頃国鉄吹田駅附近へ買物に出かけ帰えりに近くの農業協同組合が経営するスーパーマーケツトに立寄つて買物をし午後四時半頃帰宅したこと、同原告は出発の際亡進治が家で待つていると言つたため亡進治を一人で自宅に残したまま買物に出かけたこと、その間に亡進治は前垂池へ行き、本件事故が発生したことが認められる。そして本件事故当時亡進治は五才七ケ月で幼稚園へ通園を始めた幼児であり、心身の機能が発達し、行動範囲も著しく拡大し現に前記認定のとおり相当遠くまで遊びに行くようになつており、又好寄心や冒険心も増大し往々危険な行為に出ることがあり、他方未だ自己の生命、身体等に対する危険の察知能力、危険回避能力を充分に備えるに至つていない年頃であるから、監護者たる原告らとしては、亡進治の行動を充分監視し、長時間放置しないようにして亡進治を危険から守るべき義務があつたものというべきである。ところで前記のとおり、原告よし子は亡進治を一人残して買物に出かけ長時間放置し、そのことが本件事故発生の一要因となつたものと認められるから、原告よし子にも親としての監護上の注意義務に懈怠があつたものというべく右は被害者側の過失として損害額の算定にあたつてはこれを斟釣するのが公平の理念にかなうものであり、諸般の事情を考慮すれば右被害者側の過失割合は約三割とするのが相当である。
原告らは、本件事故の加害者が地方公共団であり、被害者がその住民であること、又本件が国家賠償法に基く請求であることから過失相殺はなされるべきでない旨主張するけれども、損害の公平な分担という過失相殺の理念に照らせば右主張のような事由は過失相殺を妨げるべき理由となるものではないし、又原告らの過失相殺についてのその余の主張も、過失割合を定める際に考慮される事項であつて、過失相殺をすることを妨げる事由とはならない。
四1 亡進治の逸失利益
<以下、省略>
(荻田健治郎 寺崎次郎 吉野孝義)